【水戸学とは?】今後のまちづくりのあり方と、水戸学から学べること。

この記事では、「水戸学とは何だったのか」、また、「水戸が歩んできた歴史からまちづくりに活かせることはないか」、私自身の考えを持ち寄りながら簡単に書いています。これからの生き方やビジネスで使えることなど、水戸から学べることは数多くあると思いますので、水戸を知るキッカケになれば幸いです。
※なお、わたし自身は、右よりでも左よりでもありませんので悪しからず。

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水戸学とは?

*偕楽園内の好文亭(徳川斉昭が藩主の時代の造園)

「水戸学」というと、一つの学問のように思われるかもしれませんが、実際のところ、最終的には明確に確立されませんでした。

前期水戸学と後期水戸学に分かれており、前期は徳川光圀(水戸黄門)による大日本史編纂(尊王)から始まり、後期は会沢正志斎による「新論」が当時に日本に浸透した尊王攘夷。このため、江戸時代末期に尊王攘夷及び徳川幕府討幕に利用され、明治時代になってからも日本はアジアの中心とする思想(つまり植民地支配を肯定)に利用され、明治時代から昭和初期(戦前)まで政治的に利用されています。

一見して危険な思想では?と思うかもしれません。

しかしながら、実際、水戸学は江戸の幕末を牽引してきた優秀な方々(吉田松陰、徳川慶喜、渋沢栄一など)にとって当時の最先端の学であり、こぞって水戸に留学していたことが事実として残っています。

当時の時代背景を今の私たちが知るすべはないため、今の考えをもって、正しいか正しくないかを論じることはできないですが、少なくとも当時は討幕にまで人の心を動かした学問であることに違いありません。

そこに水戸の真髄があるのだと思います。人の心を動かした原動力とは何かを知る上では深い学びになると思います。

話を戻しまして、水戸は、徳川光圀以降、”尊王(天皇を尊ぶ)”としながらも、徳川幕府を中心とした日本統治とする考えを持っており、これは儒学(朱子学)思想によるものであると思いますが、江戸時代当時の天皇と徳川家による封建制の中にある中で、藩という小宇宙的なあり方において自分達の存在意義を導き出した結果であり、常に不完全ななかで思考を続けてきたのだと思います。

昨年、大河ドラマの主人公にもなった渋沢栄一氏も大きく影響を受けています。

*渋沢栄一 ※出典:渋沢資料館、松戸市戸定歴史館所蔵

生涯を通じて500もの会社を設立し、「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一氏(埼玉血洗島の豪農出身)は、1850年代に水戸学の海防論と攘夷(会沢正志斎の「新論」や藤田東湖の「回天詩史」など)の思想に影響を受け、横浜で外国人襲撃を計画(未遂)を立てるなど、当時の多くの志士同様の行動をとっていたときがあります。

徳川慶喜(水戸家の徳川斉昭公の7男)の家臣となったのは、横浜での外国人襲撃計画未遂後に京都に逃れた頃、藤田東湖の子息である藤田小四郎などの水戸の尊皇攘夷の方々と接触を持つ中で、一橋家と交流を持つようになり、慶喜公の家臣になったようです。

徳川斉昭の信頼が厚く、学一本で藩の重職にまで登り詰め、水戸家と日本のために自分の知識を惜しみもなく提供をし続けた藤田東湖に尊敬の念を抱いてたようです。

逸話として、老年になっても藤田東湖の「回天詩史」を暗唱できたようです。

*藤田東湖像

それだけ愛された読み物だったみたいですね。

回天詩史とは、漢詩で書かれており、「三度死を決して而(しか)も死せず」からはじまり、自分の生き様を語った短い自叙伝であり、回天とあるのは、衰えた国勢を一変させたいという強い思いだったようです。・・・回天、つまりポールシフトの理念と同じです(泣)、めっちゃ共感しちゃいます。

水戸の伝統はあったものの、元々、武士ではない藤田東湖を重職にすることに対して反対する保守派(いわゆる名家)との抗争は当然にあったようで、何度も挫けそうになりながらも、なんとか国を良くしたいという強い思いが”3度も死を決した”と表現したようです。この回天詩史も2年8ヶ月にわたる蟄居(謹慎)中に生み出したものです。

それが、明治時代をつくるバイブルになったのですからすごいことです。

この詩は渋沢栄一氏以外にも多くの志士の心を動かしたようです。

このほかにも、自身が関与した藩政改革を19項目に分けて振り返るもので、藩主である斉昭の冤罪を晴らしたい一心で綴られた「常陸帯」や、尊王攘夷の道義的精神を「正気」とした「正気の歌」、水戸学の精髄を要約的に示した「弘道館記」の詳細解説書である「弘道館記述義」。

渋沢栄一が尊敬してやまなかった藤田東湖の考えとして、「神道を通じて、古来、庶民の間に伝えられてきた風俗こそが、天皇と民を結びつけるもので、皇統とは、日本人の生来持っている生活の中に存在する特徴である」と述べています。

日本の独自性である国民的道義(国体)を日本古来の風俗に根ざしていると捉えています。また、「国体」を一人ひとりが自覚して、その精神を発揚することが大切であり、教育によって全ての日本人がこの事実に気づき、自意識が行動につながって危機に備えれば、必ず国は護れると考えてました。

会沢正志斎の哲学的に過激な「新論」とは異なり、士族・町民・農民に関係なく分かりやすく、かつ情熱的に語る文章であったため、他国から受け入れられたようです。渋沢氏以外にも、吉田松陰、高杉晋作、新渡戸稲造、内村鑑三など、本当に多くの人達に響いたようですね。

今の日本があるのは、当時の風土や社会情勢なども関係していますが、その要因として、「水戸学」が大きく関係しているのは間違いないです。

水戸城下町の人口減少から考えられること

天保期(1830〜)、藤田東湖をはじめとする改革派により領民を第一とする改革(天保の飢饉や洪水被害に対応)を進めたようです。がやはり、保守派との対立により、うまくいかなった一面もあるようです。

水戸藩の城下町では、元禄期の1700年ごろには人口1.3万人程度いたそうですが、1830年ごろには0.7万人まで落ち込んでいたようです。

要因として、政治的失政と飢饉が影響したようです。この100年以上にわたる人口減少により水戸家の有能な知識の具現化に関しては、資金的側面から達成できなかった理由がここにあるなと思います。(結果的に西日本の国々が明治政府をつくった)。

長年の人口減少は領民にとっては藩政に対する信用を失うキッカケになったでしょうし、商売を行う商業者にとっても魅力に欠ける都市だったのでしょうから、江戸や西日本の諸国が成長していく中で、水戸は苦しんだと思います。

天保期(1800年ごろ)には、城下町には空き家が多く存在し、現代のコンパクトシティ形成における課題の一つである都市のスポンジ化(市街地の大きさが変わらない(もしくは拡大)にもかかわらず人口が減少し、市街地内に使われない空間が小さい穴があくように生じ、人口密度が下がっていく減少。経済成長と市街地の人口密度は相関するため、スポンジ化は都市経済的に非合理性)が大きく進んだようでして、水戸城下町の求心力を失わせたようです。

この状態を何とか解決しようとしたのが水戸学を学んだ改革派達の人達です。

水戸家の伝統(慣習)として、下級武士・商家・農家に関係なく、優秀な人を藩の重職にする考えがあったようです。(徳川光圀:水戸黄門の考え)だからこそ、水戸藩内は他の国々に比べて思想的に成熟したのだと思います。

とはいえ、藩内の領民に対する対処(日々の暮らしにおける幸福:衣食住の幸福追求)が遅れてしまったことが、どうしても質素倹約による思考のみが先行し、藤田東湖による天保飢饉時の改革も抜本的な解決には至らなかったのだと思います。(正義を貫きし過ぎてしまったのかも?)

人口減少は、経済的に成長していないことを意味するため、国力も衰えるため、そのことが結果的に水戸藩の力を失わせてしまったのだと思います。つまり、今後も学術的に成長することはあっても、人口減少という大きな課題を細分化し、その細分化した一つ一つの課題を解決しない限り、多様性のある社会の中での内在する大きな問題は解決出来ないのだと思います。

多様性を認めつつ、経済的に成長させる。けれど、それは経済のみならず、一人一人がこれからの社会のあり方を考える。このことが、まちづくりにおいて必要不可欠であるということにあるのではないかと思います。

複雑化する諸課題を抱える中、これからの「まちづくり」では抜本的解決策なんてものはなく、少しづつ行動し、一人一人が都市の普遍性や不確実性を知り、都市に暮らす人々の多様性を認め、常識や社会の有り様を疑い、課題解決をひたすらに追求していく行動こそが求められているのだと思います。

何度挫けても社会を良くしたいとする姿勢を捨ててはダメってことですね。一人一人の社会を良くしたいとする強い思い・願いが行動につながり、美しい都市をつくる。


ということで以上です。ぜひ、水戸の城下町に足を運んでみてください。

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最後に参考とした書籍を紹介しておきます。

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