相馬・中村の城下町と暮らし|城跡の北側に広がる住宅地

相馬市中村の城跡と住宅地の空中写真。国土地理院・地理院タイルを加工。
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相馬・中村について、このブログでは城の石垣や堀、市全体のまちづくりを紹介してきました。地図を見直して、今度は城跡のすぐ北側にある住宅地が気になりました。お城を訪ねる町としては知っていても、その隣の暮らしについては、まだあまり書いていなかったからです。

堀の周囲には曲線が多いのに、その近くには直線的な道路と整った区画が並んでいます。市の都市計画マスタープランには、この一帯を整備した土地区画整理の記述もありました。城下町の歴史と、その後の住宅地づくりを一緒に見ると、今の中村をもう少し具体的に紹介できそうです。

対象は、福島県相馬市の中村にある川沼・桜ケ丘・塚田の3区域。相馬市全体の北部ではなく、相馬駅の西側にある中村城跡の北側です。2020年の国勢調査では、合わせて1,578人、767世帯が暮らしていました。江戸時代の城下地図と今の地図を見ながら、この住宅地の成り立ち、城跡や駅前の施設との位置関係をたどります。

人口・世帯は2020年10月1日時点。施設案内は2026年10月2日に確認しています。

目次

古い城下地図に描かれた、城と周囲の町

まず見てみたいのが、相馬市のデジタルミュージアムで公開されている「中村城下地図」です。市の説明では、1702年(元禄15)のものと伝わる地図で、市指定文化財になっています。下の画像は、その掲載写真です。

相馬市公開の中村城下地図。城を囲む堀と、その周囲に並ぶ町の区画
引用:相馬市「中村城下地図」。1702年のものと伝わる絵図。市の掲載画像を改変せず掲載しています。小さな文字の判読ではなく、城・堀と周囲の町の配置を読むための図です。

細かな文字までは読みにくいのですが、城を囲む堀と、その周りに並ぶ区画の違いは分かります。お城一つが建っているのではなく、城と周囲の町が一緒に描かれているんですね。国土交通省・磐城国道事務所の歴史案内でも、城下の整備に伴って宇多川の流れを南へ移し、西側に武家屋敷、東側に町屋敷を配置したことが紹介されています。

北側にも、昔から城に関わる場所がありました。市の北三ノ丸・岡田館の解説によると、北三ノ丸はもともと家臣の屋敷で、後には藩主家にも使われています。城跡を訪ねる際、正面の門だけでなく北側の堀や土塁にも目を向けると、城の広がりを感じられそうです。

この絵図と現在の町丁境界を正確に重ねたわけではないので、今回の3区域を江戸時代の武家屋敷跡とは断定できません。住宅地の成り立ちは、市が記録している整備の経緯からたどります。

城跡の北側に目を向けた理由

現在の地図で、城跡の北側にまとまっているのが川沼・桜ケ丘・塚田です。城跡に近く、道路の並びもよく見えるため、今回はこの3区域を一緒に取り上げます。

市の2025年の都市計画マスタープランには、桜ケ丘・塚田は川沼土地区画整理事業の完了地区、川沼は計画的に市街地整備が行われた地区として記載されています。土地区画整理は、道路や公園などを整えながら土地の区画を組み直す方法です。近接する3区域に、住宅地を整備してきた経緯がある。そこで、このまとまりに暮らす人の数を調べることにしました。

ここで面白いのは、江戸時代の城下町も、川や屋敷の配置を考えてつくられていたことです。整った区画だけが「計画された町」というわけではないんですね。中村では、城を中心にした町のつくり方と、後の住宅地の整え方を、近い場所で見比べられます。

中村城跡北側の川沼・桜ケ丘・塚田と、相馬駅・図書館・市役所の位置関係を示す道路・鉄道入り地図
色付きが今回取り上げる3区域。左下に中村城跡、右側に常磐線と相馬駅があります。境界と人口は2020年国勢調査。画像をタップすると拡大できます。

色付きの3区域は、今回まとめて集計した範囲です。色は区域の区別で、人口密度の高低を示していません。

約39ヘクタールに暮らす、1,578人

3区域の広さを国勢調査の境界で測ると、道路なども含めて約39.1ha(約0.39km²)でした。2020年時点の人口は1,578人、総世帯数は767世帯。地図の色付きの範囲に、これだけの暮らしがあったことになります。

2020年10月1日・3区域の人口と総世帯数
区域人口(人)総世帯(世帯)
中村字川沼1,011497
中村字桜ケ丘306152
中村字塚田261118
3区域の合計1,578767

出典:2020年国勢調査・福島県小地域集計 第2表。表が収まらない端末では横にスクロールできます。

川沼には1,011人、桜ケ丘と塚田には合わせて567人。人口の数字を見て私が気になったのは、この人たちと城跡の公園との関係です。近くに住む方にとって、馬陵公園は散歩や休憩に使う場所にもなっているのでしょうか。

観光で初めて訪れる人なら、門や神社、堀を一度に見て回りたいかもしれません。一方、自宅から繰り返し来る人なら、短い時間でも寄れることや、帰り道の歩きやすさが気になるかもしれません。これは利用を想定した話ですが、周辺の人口を調べたことで、訪れる回数や来る方向の違いも考えたくなりました。

なお、1,578人は公園の利用者数ではありません。現在の利用状況や人口の増減は、別に確かめる必要があります。

城跡の散策と、駅前の図書館

初めて訪ねる方は、常磐線の相馬駅から西側を見てください。駅前に図書館があり、さらに西の城跡側に市役所と馬陵公園があります。今回の住宅地はその北側。南相馬市の原ノ町駅周辺とは別の町です。

中村城は、1611年に相馬利胤が居城としてから幕末まで相馬氏の拠点となった城です。天守は1670年の落雷で失われましたが、堀や石垣、土塁などが残ります。市の城址案内を見ながら、今ある地形と古い絵図を見比べるのも楽しそうです。

以前の記事「相馬中村城の建築的な魅力」には、堀や石垣、門の写真を載せています。平面の地図では分かりにくい高低差も、写真と見比べるとつかみやすくなります。

もう一つ、駅の近くで気になるのが相馬市図書館です。所在地は中村字塚ノ町65-16、駅前の振興ビル内。閲覧室のほか、こどもの部屋、学習室、市民サロンがあります。公式案内の位置図を見ると、駅との近さも分かります。

お城を見たあとに、気になった相馬の歴史を本でも読んでみる。あるいは列車を利用する日に、図書館へ寄る時間をつくる。駅前にこうした立ち寄り先があるのは、うれしいところだと思います。開館日や利用時間は図書館の公式サイトで確認してください。車で来館する場合も、指定の無料駐車場の位置が案内されています。

散策の予定を組むときは、公園の入口までの道順も確認しておきたいところです。今回の地図では、徒歩での所要時間は計測していません。

城を守った堀と、今の公園への入り方

住宅地のすぐ近くに公園がある。地図ではそう見えますが、公園の敷地が近いことと、入口が近いことは、必ずしも同じではありません。中村城跡のように堀や土塁が残る場所では、どこから中へ入れるかによって、自宅から歩く道も変わってきます。

相馬市観光協会の中村城の案内には、城を囲む堀や土塁、門についての説明があります。今は景観として楽しめる堀や石垣も、もともとは城を守るためのもの。その形を残しながら、日常の公園として使っているところに、城跡ならではの面白さがあると思います。

そこで確かめたくなったのが、駅から訪ねる人と、北側の住宅地から来る人で、公園への入りやすさに違いがあるのかということです。観光案内を考えると駅や駐車場からの道に目が向きますが、川沼や桜ケ丘に住む人なら、自宅に近い入口までの道が気になるはずです。現時点で北側の道が不便だと確認できたわけではありません。今回の地図と人口から出てきた、次に調べたい点です。

実際に歩いてみるなら、住宅地側の道路から公園の入口まで、どこで道路を渡るのか、歩道が途中で途切れないか、段差を避けると遠回りになるかを見たいです。入口まで着いた後の坂や階段も、ベビーカーを押すときや足元に不安があるときには気になるところでしょう。こうした経路の確認は、直線距離だけではできません。

市の中村西地域の構想(62〜66ページ)にも、馬陵公園の史跡保存と利便施設の整備、地域の歩道整備の方針が記されています。私はまず、堀や土塁を守ることを前提に、今ある入口へ向かう道を点検するのがよいと思います。案内表示や横断箇所、休める場所に改善の余地があるか。住宅地と城跡を一緒に見たからこそ、気になったことです。

城下町の隣にある、普段の住まい

城跡の北側の3区域には、約39.1haに1,578人が暮らしていました(2020年)。市の資料からは、そこに区画整理などを経た住宅地があることも確認できました。今回の集計で分かったのは、この住まいの規模と、城跡に隣接する位置関係です。

その先で考えたくなったのは、お城を見に来る人と、近くで暮らす人の両方が使いやすい公園とはどんなものか、ということでした。次に中村を訪ねる機会があれば、堀や石垣を眺めるだけでなく、住宅地側から公園へ向かう道も歩いてみたいです。名所の周りに住む人のことを考えると、確かめたい場所が一つ増えました。

市全体の市街地や周辺都市との関係は、こちらの記事で紹介しています。過去記事の運賃などは執筆当時の情報です。

集計範囲と出典

今回の対象は、2020年国勢調査の相馬市「町丁字コード0010」の内訳25区域です。中村の各字、中村1・2丁目、塚ノ町1・2丁目を含みます。市の「中村地区」や都市マスの「中村西地域」全体とは一致しません。住所表記と統計上の区域名が異なる施設について、住所だけを手がかりに人口を振り分ける処理は行っていません。

25小地域の数字と集計方法
2020年の区域名人口(人)総世帯(世帯)
中村字川原町275111
中村字大手先187102
中村字本町22996
中村字塚田261118
中村字笹川282105
中村字外並田281119
中村字袋町10253
中村字宇多川町12448
中村字大町9742
中村字北町295130
中村字上町5726
中村字田町5224
中村字川沼1,011497
中村字荒井町14065
中村一丁目18297
中村字新町327151
中村二丁目8145
中村字砂子田336158
中村字曲田3713
中村字錦町9654
中村字泉町311130
中村字桜ケ丘306152
中村字高池前12558
塚ノ町一丁目215127
塚ノ町二丁目16496

使用表は総務省統計局「2020年国勢調査 小地域集計 福島県」第2表(男女別人口及び世帯数)。2022年2月10日公表。25区域の合計5,573人・2,617世帯は親集計0010と照合しました。親集計は重複加算していません。総人口は外国人などを含み、総世帯は一般世帯だけの数ではありません。

選定区域の人口・総世帯数に秘匿・合算処理・欠測はありません。2020年境界と同年の統計をコードで結合し、曲田の飛地を統合。面積による人口配分や別年との増減比較はしていません。3区域の境界面積はJGD2011平面直角座標系第IX系で39.0794ha。道路等を含む区域全体の面積で、住宅の敷地面積ではありません。3区域の人口割合は1,578÷5,573×100=28.3%(小数第1位に丸め)。事業区域や都市マスの区域へ統計を再配分していません。

GISはJGD2011平面直角座標系第IX系で保存。地図表示はWebメルカトルで、縮尺棒は中心緯度を補正。道路は地理院の背景地図、鉄道・駅は国土数値情報を使用。施設は案内図と地理院地図による概略位置で、入口や測量点ではありません。古地図は城と周囲の配置を読むための参考で、現在の境界への位置合わせや江戸時代の土地利用判定はしていません。徒歩経路、交通量、空き家率、施設の利用圏を計算した図ではありません。

地理院タイルは2026年10月2日取得。アイキャッチは実際の空中写真を加工したもので、取得日は撮影日ではありません。撮影時期は地域により異なります。

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この記事を書いた人

▷一級建築士,建築基準適合判定資格者(建築主事試験),宅地建物取引士,建築物省エネ適合性判定員など
▷建築関連法規や都市計画法規などに関することや、都市計画・公共交通・住宅政策などが得意分野です。
▷コンサルタント依頼はこちらから(https://visasq.co.jp)

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