経営情報開示の概要
2025年10月、JR東日本は「ご利用の少ない線区の経営情報(2024年度分)」を公表しています。本公表は、平均通過人員(輸送密度)が2,000人/日未満の線区について、詳細な収支状況を開示するもので、JR常磐線の「いわき駅〜原ノ町駅」間(営業キロ77.5km)についても、開示対象線区として詳細な数値が示されています 。
本稿では、公表されたデータに基づき、当該区間の収支構造と前年度からの変化について解説します。
]2024年度の収支データ詳細
公表資料によると、いわき〜原ノ町区間の2024年度(2023年4月〜2024年3月)の経営数値は以下の通りです 。
- 平均通過人員: 1,792人/日
- 運輸収入: 7億4,400万円
- 営業費用: 40億3,700万円
- 収支(赤字額): ▲32億9,200万円
- 営業係数: 542円
- 収支率: 18.4%
この中で注目すべき指標は「営業係数」です。営業係数542円とは、「100円の収入を得るために、542円の経費がかかった」ことを示しています 。
前年度(2023年度)との比較
前年に公表された2023年度データ と比較すると、以下のような傾向が読み取れます。
表:常磐線(いわき〜原ノ町)の経営数値比較
| 項目 | 2023年度 | 2024年度 | 増減 |
| 平均通過人員 | 1,731人/日 | 1,792人/日 | +61人 |
| 運輸収入 | 7億1,900万円 | 7億4,400万円 | +2,500万円 |
| 営業費用 | 38億4,300万円 | 40億3,700万円 | +1億9,400万円 |
| 収支(赤字額) | ▲31億2,300万円 | ▲32億9,200万円 | ▲1億6,900万円 |
| 営業係数 | 534円 | 542円 | +8円(悪化) |
(1) 利用者数と収入は「増加」
平均通過人員は前年度比で61人増加し、それに伴い運輸収入も約2,500万円増加しています。2020年の全線運転再開以降、利用状況は緩やかな回復基調にあることが数値から確認できます。
(2) 費用増が収入増を上回る
一方で、路線の維持にかかる「営業費用」は前年度より約1億9,400万円増加しています。
収入の増加分(+2,500万円)よりも費用の増加分(+1億9,400万円)が大きいため、結果として赤字額は約1億7,000万円拡大し、約33億円のマイナスとなっています。これは、資材価格や人件費の高騰など、鉄道事業を取り巻くコスト環境の変化が影響していると考えられます。
まとめ
今回の開示データから確認できる事実は以下の3点です。
- 常磐線(いわき〜原ノ町)の利用者は、前年度比で約3.5%増加しており、需要は回復傾向にある。
- しかし、運行・維持にかかるコストの増加幅がそれを上回っており、収支構造(営業係数542)は前年度(534)よりも厳しさを増している。
- 当該区間の維持には、運賃収入の約5.4倍の費用がかかっており、単独の事業採算としては年間約33億円の欠損が生じている状態である。
JR東日本は、これらの情報を「地域の方々に現状をご理解いただくとともに、持続可能な交通体系について建設的な議論をさせていただくため」に開示しているとしています。
赤字33億円をどう評価するか
最後に、この「33億円の赤字」というデータを、専門的な見地からはどのように評価すべきか、交通工学および都市計画の主要な概念を用いて整理します。
① 冗長性の確保
交通工学において、主要幹線が途絶した際の代替ルートの確保は「リダンダンシー」と呼ばれ、国土全体で見た場合、ネットワーク全体の信頼性を担保する上で不可欠な要素となります。当該区間は、東北新幹線(内陸ルート)と並行する太平洋側の幹線ルートです。JR常磐線特急が過去の災害時において幾度も新幹線の代替機能を果たした実績を踏まえると、当該区間の維持コストは、平常時の収支だけでなく、巨大災害リスクに対する「保険的コスト」としての側面を含んでいます。
② 都市骨格と市街地拡散現象の抑制
都市計画の分野では、鉄道駅は都市機能を集約させる拠点として位置付けられます。 いわき市や南相馬市が進める「立地適正化計画」等は、公共交通軸を前提としています。鉄道網の縮小および利便性の低下は、現状でも過度に高い自家用車依存をさらに高め、市街地が低密度に拡散する現状を誘発する可能性があります。これにより道路維持管理等の行政コストが増大する場合、鉄道事業単体の赤字額以上の社会的費用が発生するリスクについても考慮が必要です。
③ 外部経済
鉄道の存続は、JR東日本の財務会計上の収支だけでなく、地域社会全体にもたらす便益(外部経済)を含めて評価されます。今回公表された「営業係数542」はあくまで事業者単体の路線収支指標です。今後の議論においては、地域にもたらす社会的な役割や、交通事故の低減、通学・通院の利便性確保といった社会的便益を定量化し、維持コストと比較考量する視点が必要と考えられます。
補足
利用状況については、1,731人(2023年度)→ 1,792人(2024年度)と、年率約3.5%で回復しています。今後5年間は、福島国際研究教育機構(F-REI)の本格稼働や、大熊・双葉・浪江エリアへの住民帰還・移住者の漸増、相馬野馬追をはじめとしたイベント等により、1,800人〜1,900人台へ向けて緩やかに増加すると推測できます。ただし、爆発的な人口増は見込めないため、鉄道事業として単独維持が可能とされる採算ライン(4,000人以上等)には遠く及ばないと考えられます。
より深刻なのはコスト構造です。現状、収入が増えた以上に経費(資材費・人件費・修繕費)が増大し、赤字は32.9億円に拡大、営業係数も542円へと悪化しています。ここに、2026年3月に予定されているJR東日本の運賃改定(値上げ)の影響を加味しても、状況の劇的な改善は困難です。地方幹線の改定率は約4.7%程度とされていますが、これを現在の運輸収入(7.4億円)に当てはめても、増収効果は数千万円規模にとどまります。これは約33億円という赤字の1%程度を埋めるに過ぎず、構造的な欠損を補うには至りません。
このため、今後も資材価格や人件費の高騰が続けば、利用者の微増や運賃改定による増収分は吸収されてしまいます。結果として、営業係数は500円台後半〜600円台で推移し、赤字額も30億円台後半で推移する可能性が高いと予測されます。
出典
- JR東日本ニュース「ご利用の少ない線区の経営情報(2024年度分)の開示について」(2025年10月27日)
- JR東日本ニュース「ご利用の少ない線区の経営情報(2023年度分)の開示について」(2024年10月29日)

