【水戸駅】土木を志す方なら一度は見た方がいい水戸の隠れた観光地「備前堀」

水戸市に観光に来て少し時間があれば見学しておきたい観光地「備前堀」の紹介です。

水戸観光といえば、偕楽園や千波湖、水戸城などが有名ですよね。観光した後は、大洗やひたちなかで海産物を食べて帰るという感じになると思いますが、土木に興味があって、少しでも時間あれば見た方が良い史跡です。

日本の歴史の片鱗を知れます。見学時間は30分もいらない施設です。

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備前堀とは?

備前堀とは、今から約400年前に農業用水工事兼治水対策工事によって造られた人工の「堀」です。

つまり現在でいうところの「土木工事」によって造られた水路です。

*備前堀(桜川近く)

堀が造られた当時は千波湖から涸沼までの延長12kmを結んだそうです。施工の指揮を担当したのは、伊奈備前守忠次という方。江戸時代の歴史に詳しい方であればご存じかも知れませんが、そうではない方であれば初めて耳にする名前ですよね。

この伊奈家は、戦国時代から徳川家康に仕え、江戸時代には武蔵小室藩の初代藩主と関東の郡代に任命され、江戸幕府の城下町整備にあたり基盤となる土木工事や利根川・荒川治水対策などを行った土木工事のスペシャリストだったようです。

現在の東京があるのは伊奈家のおかげです。

ではなぜ、その家康直属の家臣である伊奈家に対して、一藩である水戸家が土木工事をお願いすることができたか。

その理由は、水戸家の初代藩主である徳川頼房にあります。頼房は家康の子ども(11男)です。

頼房が水戸に入った際に、城下町整備の一つとして農業用水と治水対策を依頼したことにあります。水戸はもともと北方の守りとして徳川家を配置した場所ですから、それだけ要所であったがために依頼できたのでしょう。あとは、家康の家臣ですから頼房氏とも面識があったでしょう。

*備前堀

現在の関東がここまで反映したのは徳川幕府による土木工事があるためですが、その重役を担っていたのが伊奈家ということになりますね。その方が整備を指揮した堀が残っているのですから見ておいた方がいいです。(土木を志す人なら必ず)。

ちなみに「備前堀」というのは、伊奈家の官位である「備前守(びぜんのかみ)」に由来します。律令制度の導入によって「○○守」という官位性が使われるようになったのですが、江戸時代には官位名と領地は関係なくなっていて(要は見栄え)、伊奈家も他の良家と被らないように「備前守」を選択したはずです。

*伊奈備前守忠次像

なお、備前の国は現在の岡山県です。伊奈家の領地は現在の埼玉の一部ですから、全く関係性がないですよね。

また、江戸時代は、官位で呼ぶのが習わしだったので伊奈様ではなく、「備前様」と呼ばれていたはずですから、そうした理由によって備前堀としたようです。

余談ですが、伊奈家は世継ぎに恵まれずたったの3代で改易(現在の埼玉県伊奈町にあった武蔵小室藩は廃藩)となってしまいますが、幕府は伊奈家によるこれまでの功績をたたえて伊奈家を幕末まで存続させます。

現在は、水戸市によって景観整備が行われ、歩行しやすい親水空間に生まれ変わっていますので、水戸に来たら関東の歴史を知ってみるのが良いのかもです。

*備前堀

ということで以上となります。それではまた〜〜〜♪