【双葉郡8町村】福島県双葉郡の人口推移まとめ(1920-2020)と今後

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この記事では、1920年(大正9年)から2020年(令和2年)までの人口の推移をまとめています。また、都市計画区域を有する浪江、双葉、大熊、富岡、楢葉、広野町の現在の人口についても併せてまとめています。

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目次

福島県双葉郡の人口推移

*双葉8町村の人口推移(1920,1970,2010,2020) *出典:国勢調査
町村名1920年2020年
浪江町17,7081,923
双葉町5,7910
大熊町8,290847
富岡町5,7902,128
楢葉町7,0113,710
広野町5,2025,412
川内村5,5732,044
葛尾村1,625420
双葉郡合計56,99016,484
双葉郡人口の推移(1920年→2020年)*出典:国勢調査

はじめて国勢調査が行われた大正9年(1920年)において最も人口が多いのは川内村、次いで広野村となっています。

広野町や川内村の人口が多い傾向にありますが、大正9年当時、郡役所が置かれていた富岡町よりも人口が多いのは、常磐炭田の北端であったため常磐炭田関連で働く方が多く居住していることによるものです。

2020年の国勢調査が行われた現在では、広野町は楢葉町とともに人口が戻ってきておりその理由として、福島第一原子力発電所の廃炉作業や復興事業に関わる方々が長期に滞在しているためと考えられ、従来の居住者人口は減少していることが考えられます。

2020年現在では、福島第一原子力発電所の事故の影響を受けているため、全体的に双葉郡の人口が減少しており、震災前は、双葉郡合計で7.3万人あった人口が1.6万人まで減少している状況にあるため、町村自体の存続に影響している事態となっています。

なお、浪江町については双葉郡の中で最も人口が多いですが、浪江町については、6町村が合併して出来た町であり、旧浪江町の人口で見ると旧富岡町と同程度となります。次項をご覧ください。

大正9年(1920年)当時の合併前町村の人口

とみおかアーカイブ・ミュージアム

大正9年当時の人口を見ると、浪江町と富岡町の人口が多く東日本大震災前の都市の発展度合いと比例しているのが見てとれますが、広野町と川内村はなんで?と思いますよね。

先ほどの説明と重複しますが広野町は常磐炭田の北端として、川内村は、木炭製造と常磐炭田の坑木の産出地として栄えていたそうです。

町村名旧町村名大正9年人口(人)
浪江町浪江町4,157
諸戸村2,405
幾世橋村2,005
大堀村3,436
津島村2,104
苅野村3,601
双葉町新山町3,459
長塚村2,332
大熊町大野村2,806
熊町村2,984
富岡町富岡町4,408
上岡村3,882
楢葉町木戸村3,321
龍田村3,690
広野町廣野村5,202
葛尾村葛尾村1,625
川内村川内村5,573
大正9年(1920年)当時の合併前人口

双葉郡の都市計画

*双葉郡の8町村の位置と都市計画区域

双葉郡には、4つの都市計画区域(浪江、双葉、富岡、広野楢葉)が指定されており、線引きといって市街化区域と市街化調整区域の区域分け(区域区分)を行っていない地域となります。(=郊外への住宅開発圧力が小さいということ。)

葛尾村と川内村は都市計画区域の指定はありません。なお、最大の人口を有する都市計画区域は「富岡都市計画区域」で平成22年の国勢調査では人口約2.7万人が居住していたようです。

その他:雑談

原子力災害伝承館

双葉郡はとっとと合併するべきだという声がありますが、町村合併が2010年よりも前であれば良かったかもしれませんが、2011年の東日本大震災から復興の過程でそれぞれの町村がそれぞれの想いの復興と、それに関するインフラと施設整備を進めたことによって、公共施設がそれぞれの特徴を持って点在しています。

加えて、どの町も同じような人口規模であり、この状態で合併してしまうと合併のメリットである合理的な行政運営が行われる可能性が低いと考えられます。合併すれば、その弊害の一つとして復興過程で整備した新しい施設のメンテナンスに目が行き届かなくなり、施設がさびれてその維持管理に苦慮するのでは思います。

原子力災害伝承館

また、仮にですが、合併しても人口規模が同じなのて不公平感なく公共投資していく可能性を否定できないため、現在のいわき市が合併後の公共投資と同じ運命を辿ることなりそうです。ただし、長期的なメリットは経済感覚・都市計画の考えを持ったマネジメントができれば100年先に公共施設の合理化といった面で効果が出てくるかもですが、向こう50年間程度は行政運営で苦労するはずです。なら合併はしない方が得策かなと思います。

仮に合併しても、マネジメントが機能していればスケールメリットを活かしたまちづくりを行えるので、例えば集めた税を富岡町に集中投資することが出来たりするわけですが、これまで「オラが町のため!」と競い合っていた(それが良かった点もある。)人達の思考を軟化し「全体最適化」の考え方に変われば、超長期的な将来も見えてくるような気もします。

方法としては例えば、公共投資を駅拠点型(駅半径1km)に集中して、中心を双葉郡の中間点である富岡に定める。その他の地域は切り捨てる覚悟で古い公共施設は廃止し、インフラの維持にかかるコストを低減が考えられます。

とはいえですが、地域の不公平感を排除した合併や連携都市でない限り成功する道は険しいですし、何よりも新しく整備したインフラを上手に活用して気候的に恵まれているこのエリアに全国からの移住者促進に税を投資する方が良いかもしれないです。

*JR富岡駅

まずは、双葉郡の都市計画区域を再編しつつ、一つの都市計画区域にしてコンパクトシティの形成(立地適正化計画)に向けた取り組みを地域と自治体間で議論することが大切になりそう。

ということで以上となります。言い方が多少きつくなってしまいましたけど、将来を思うがゆえです。参考となりましたら幸いです。

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この記事を書いた人

▼水戸〜日立〜いわき〜仙台エリアまでの常磐線沿線都市での生活・ビジネス・まちづくりに役立つ情報・サービスを届けています
▼不動産・建築・都市計画
▼主な活動範囲:水戸〜いわき(相馬+仙台)
▶︎これまでの”都市づくり”の常識を覆し、わたし達が住む地域を住みやすさを世界1位にすることを目的に活動しています。 

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