【水戸・偕楽園】好文亭から見える景色は旧水戸藩領内の貴重な財産

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この記事では、「水戸偕楽園の好文亭からの景色」を紹介しています。

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好文亭

*2棟を繋ぐ渡り廊下

1842年に水戸藩第9代藩主徳川斉昭(烈公,徳川慶喜の父)が提案して造園したようです。好文亭(木造2層3階建て)についても自ら設計したそうです。

・・・自ら設計!

というのが本当にすごいな〜と思うところ。

いや〜本当に自ら全てを設計したわけではなくて、間取りなどのプランニングだと思いたい。

・・もしですよ、自ら木造建築の構造に関する部分まで設計したとなれば、お忙しい藩主さんには無理じゃない?!と思うけど。

現在の「好文亭」は3代目だそうで、初代は昭和20年の空襲で消失、二代目は昭和44年の落雷で消失したそうです。

ということは、歴史はあるけど、実際使用されている「木材」については新しいはず。

ちなみにですが、わたし自身が建築士なので、実際の建築物を見て思うところは、部材が華奢じゃないかなと思う。2層3階の重量を在来軸組で筋交無しで持たせるにはあまりにも柱や梁の部材の寸法が小さいように思います・・・間違えていたらすみません(汗) 

肝心の景色ですが、最上階からは偕楽園と水戸市街地を一望できます。これだけでも見る甲斐はあるかなと思うところです。

*好文亭3階からの景色

写真は、冬の景色なので梅は咲いておりませんが、それでも綺麗ですよね〜。

徳川斉昭が藩主だった頃に最盛期を迎えた「水戸学」について記事にしていますので、偕楽園へ観光に向かう際には、事前にお読み頂くと、より楽しめるかもです♪

ということで以上となります。こちらの記事が参考になりましたら幸いです。

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この記事を書いた人

▼水戸〜日立〜いわき〜仙台エリアまでの常磐線沿線都市での生活・ビジネス・まちづくりに役立つ情報・サービスを届けています
▼不動産・建築・都市計画
▼主な活動範囲:水戸〜いわき(相馬+仙台)
▶︎これまでの”都市づくり”の常識を覆し、わたし達が住む地域を住みやすさを世界1位にすることを目的に活動しています。 

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